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青森地方裁判所 昭和26年(モ)239号 判決

債権者 日本電信電話公社

訴訟代理人 堀内恒雄 外七名

債務者 村越市郎

主文

当裁判所が債権者国、債務者村越市郎間昭和二十六年(ヨ)第一二七号不動産仮差押命令申請事件について昭和二十六年十一月十九日別紙目録記載の土地建物についてなした仮差押決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として、

「申請外東北産業株式会社は、海没兵器及び船舶の引揚、各種金属の解体、加工、買入及び販売等を業とし、債務者は申請外諸泉正士とともにその取締役なるところ、債務者は諸泉正士と共同して前記会社の陸奥湾内における旧軍用水底電線の引揚事業を執行するにあたり、昭和二十六年一月二十日頃から同年四月二十日頃までの間に電気通信省所管にかかる国有の左記水底電線を引揚げた。

一、青森市大字八重田字磯野から青森県下北郡脇野沢までの間を通ずる現用水底電線(電話線)全長二一浬二二一のうち一三浬〇四三。

一、前記磯野から北海道函館市大森浜までの間を通ずる水底電線(電信予備線)全長六〇浬九六三のうち一〇浬五〇六。

債務者が諸泉正士と共同して前記会社の事業を執行するについて右の引揚をなしたことの詳細はつぎのとおりである。即ち、前記会社は、陸奥湾内から旧軍用水底電線を引揚げその払下を受けて利益を得んことを企図し昭和二十五年十一月五日東北財務局青森財務部長に対し、桑畑と襟裳崎の間の水底電線の売払申請をなして同月二十二日その調査引揚の承認を受け、更に同年十二月二十日大湊町芦崎と近川送信所の間の水底電線の売払を、昭和二十六年一月七日青森県東津軽郡原別沖合と同県下北郡大間の間の水底電線の売払をそれぞれ申請して同月十八日右両区間の水底電線の調査引揚の承認を受けたところ、債務者は諸泉正士とともに右の調査引揚の事業を執行すべく同月十八日頃傭人船に乗つて自ら船頭を指揮し前記の電気通信省所管の水底電線の布設箇所に至り水底電線をさぐりあてこれに浮漂を付して目印となしおき、作業員たる船頭達はこれを頼りとして引揚を開始し同年四月二十日頃まで引揚作業をつづけ前記の如く電気通信省所管の水底電線を引揚げたものでその間現実の引揚作業をなした船頭達は常に債務者及び諸泉正士の指揮監督の下にその作業をなして来たものである。従つて債務者は諸泉正士と共同して船頭を使用し右会社の本件引揚事業の執行をなし、その執行にあたつて右の如く電気通信省所管の水底電線を引揚げたものである。

而して本件水底電線の引揚は債務者及び諸泉正士の故意又は過失に因るものでその内容はつぎのとおりである。即ち、(一)青森市大字八重田字磯野と函館市大森浜の間にもと電気通信省(逓信省)所管の水底電線が三条布設せられていたが終戦後うち一条を旧のまま存置し他の二条については路線を変更し、一部を撤去し残部を移して青森県東津軽郡平館村大字平館と北海道上磯郡茂別村字茂辺地の間に二条を、青森市大字八重田字磯野と青森県下北郡脇野沢村大字脇野沢の間に一条を布設した。而して右路線変更前の水底電線三条は戦前又は戦時中に発行せられた陸奥湾の海図に記載せられ、路線変更のことは昭和二十五年六月十二日電気通信省告示第百五十号を以て公示されている。更に青森市磯野の海岸には電気通信省所管の水底電線陸揚場所の建物及び水底電線の布設を示す漂識が建つている。加之諸泉正士は昭和二十六年一月十六日青森電報局において通信技官福地清一郎、同滝沢正治から諸泉の所持する陸奥湾の海図について電気通信省所管の磯野、大森浜間及び磯野、脇野沢間の水底電線の布設箇所の指示説明を聞き、又債務者は同年二月二十七、八日頃青森財務部において新谷技官から右磯野、脇野沢間の水底電線の布設図を示され同区間に使用されている水底電線の見本を渡されている。而して債務者及び諸泉正士は引揚作業実施に際しては陸奥湾の海図を携行していたものである。以上の各事実よりすれば債務者は電気通信省所管の水底電線であることを知りながらこれを引揚げたものと思料せざるを得ない。殊に本件の引揚箇所は東北産業株式会社が調査引揚を承認せられた原別沖合と大間を結ぶ線の両側に存する事実に鑑みるときは、債務者は原別沖合、大間間の旧軍用水底電線を引揚げるつもりではなく当初より電気通信省所管の水底電線を引揚げるつもりであつたことが明らかである。(二)仮に本件引揚につき債務者に故意がなく債務者が電気通信省所管のものと知らずに引揚げたものとすればその認識のなかつたことは(一)に記載せる各事実に徴し重大なる過失であるといわなければならない。殊に青森財務部の与えた前記の調査引揚の承認にはいずれも事前に承認書を海運局に提示して作業面の許可を得ること、他官庁所管の水底電線と混淆しないよう事前に十分の調査をして作業に当ることがその許可条項に加えられており債務者はその義務に違反したものである。

而して本件水底電線の引揚によつて国の蒙つた損害は修理費その他で金九百二十六万余円にのぼり債務者は不法行為者としてこれを賠償する義務があるものである。而して昭和二十七年八月一日日本電信電話公社法が施行せられ同法によつて債権者公社が設立せられ従来国が電気通信設備に関して有していた権利義務は債権者公社が同法施行のときにこれを承継することとなつた。従つて本件不法行為に基ずく国の損害賠償請求権も債権者公社においてこれを承継したものである。よつて債権者(当時国)は債務者に対し右損害の賠償を求めるため債務者を被告として青森地方裁判所に訴を提起したところ債務者はその財産を他に処分せんとする形跡がありい直ちに仮差押をしておかないと後日債権者において勝訴の判決を得ても強制執行をすることができなくなる虞がある。そこで債権者(当時国は右の事由を疏明し前記損害賠償請求権の内金六百万円を被保全請求権として別紙目録記載の債務者所有の土地建物について仮差押命令を申請し本件仮差押決定を得たものであるから右決定は正当であり認可さるべきものである。」旨陳述した。〈疏明 省略〉

債務者訴訟代理人は「青森地方裁判所が債権者国、債務者村越市郎間昭和二十六年(ヨ)第一二七号不動産仮差押命令申請事件について昭和二十六年十一月十九日別紙目録記載の土地建物についてなした仮差押決定はこれを取消す。債権者の申請を却下する。」との判決を求め答弁として、「債権者の申請理由中、東北産業株式会社が債権者主張の如き事業目的を有し債務者及び諸泉正士がその取締役であること、前記会社が債権者主張の頃その主張の如き旧軍用水底電線調査引揚の承認を得て昭和二十六月一月十八日調査引揚作業を開始し同年四月二十日頃までこれを行つたこと、諸泉正士が前記会社の右引揚事業を執行したこと、青森市磯野と函館市大森浜の間に戦前国有の水底電線が三条布設せられていたこと、諸泉正士が昭和二十六年一月十六日頃青森電報局において福地清一郎、滝沢正治から水底電線布設箇所について説明を聞いたこと(但し説明の内容は後述)、債務者が同年二月二十七、八日頃青森財務部新谷技官から水底電線の見本を受領したことはいずれもこれを認める。債務者が諸泉正士と共同して前記会社の旧軍用水底電線引揚事業を執行したとの点はこれを否認する。前記会社の旧軍用水底電線引揚事業は諸泉正士のみがこれを執行したものであり債務者は全くこれに関与しなかつたものである。前記会社の旧軍用水底電線引揚事業が諸泉正士のみによつて執行せられたか将又諸泉正士と債務者によつて共同して執行せられたかに拘らず右引揚事業の執行に際して債権者主張の電気通信省所管にかかる国有水底電線が引揚げられたとの点はこれを否認する。仮に債務者と諸泉正士が共同して前記会社の旧軍用水底電線引揚事業を執行し且つその執行に際して債権者主張の電気通信省所管にかかる国有水底電線を引揚げたものとしても債務者が電気通信省所管のものであることを知つて引揚げたとの点はこれを否認する。又知らなかつたことについて重大なる過失がある旨の債権者の主張事実はこれを争うものである。即ち、諸泉正士が昭和二十六年一月十六日頃青森電報局において福地清一郎、滝沢正治から受けた説明の内容には「三本ある内一本は中間が切れている。青森側の方は平館につながり、北海道の方から来ている線は脇野沢に多分入つている筈だが、現在整備しているのはその三本しかないからよく注意して連絡の上引揚げて欲しい。」というに過ぎず、磯野、脇野沢間に水底電線のあることの説明はなかつた。又債務者が昭和二十六年二月二十七、八日頃受取つた水底電線の見本は極めて不十分なものであつた。又諸泉正士は昭和二十六年二月二十八日頃最初の引揚をなすに当り財務局及び電気通信省の係官の立会を求めたところ当日電気通信省の係官のみは再三の懇請に拘らず立会をしなかつた。事実は右の如きものであり、諸泉正士が電気通信省所管のものを旧軍用のものと誤信して引揚げたとすれば両人が錯誤に陥つたのは国の過失に原因するものであり債務者又は諸泉正士の過失に因るものではない。」旨陳述し、更に「東北産業株式会社が東北財務局青森財務部に対し国が所有する陸奥湾内の旧軍用水底電線の売払を申請したところ同財務部は売払に先立ち前記会社が右水底電線を引揚げることを承認した。右は本来国がその所有に属する水底電線を売払のために引揚げるべきところをその作業を自ら為す代りに売払を申請した前記会社に引揚を代理せしめ乃至委託したものである。従つて引揚の主体は国でありその引揚に際し電気通信省所管の水底電線を引揚げたとすればそれによつて生ずる損害賠償の責任は国に在り代理人たる前記会社にも又その事業執行者たる取締役にもその責任はない。」旨陳述した。

〈疏明 省略〉

理由

東北産業株式会社が海没兵器及び船舶の引揚、各種金属の解体、加工、買入及び販売等を業とし、債務者及び諸泉正士がその取締役であること、前記会社が債権者主張の日時陸奥湾内におけるその主張の区間の旧軍用水底電線の調査引揚について青森財務部の承認を受けその主張の期間右水底電線引揚の事業を行つたことは当事者間に争がない。債権者は前記会社の右水底電線引揚の事業は債務者と諸泉正士が共同してこれを執行した旨主張し、債務者は右事業の執行は諸泉正士のみがこれを行い債務者は全くこれに関与しなかつた旨抗争するので先ずこの点について考察する。証人笹原勇蔵の証言により真正に成立したことを認め得る疏甲第十一号証及び同証人の証言によれば債務者は昭和二十六年一、二月頃諸泉正士とともに第二志宝丸に乗船し陸奥湾内において水底電線の探線をなし水底電線をさぐり当ててこれに浮標を付して帰つた事実を、又証人飯田金次郎の証言によれば債務者は前記引揚事業の執行期間中諸泉正士とともに前記会社の水底電線引揚事業に傭入れ使用すべき漁船を探した事実を、それぞれ一応認めることができる。尤も成立並びに原本の存在に争のない疏乙第七号証の笹原勇蔵の検察官調書には、債務者は水底電線の調査引揚の作業の際には第二志宝丸に乗船したことはない旨の記載があるけれども右の記載は証人笹原勇蔵の前記証言に照し措信し難く、又証人諸泉正士のこの点に関する証言亦遽に措信し難い。しからば右各疏明せられた事実に徴し前記会社の陸奥湾内における旧軍用水底電線引揚の事業は債務者が諸泉と共同してこれを執行したものと一応認むべきである。つぎに債務者及び諸泉正土が前記会社の右旧軍用水底電線の引揚事業を執行するにつき債権者主張の如く電気通信省所管にかかる国有水底電線を引揚げたか否かについて考察する。成立に争のない疏甲第一号証の一によれば昭和二十六年一月二日より同年四月十五日までの間に青森市大字八重田字磯野から青森県下北郡脇野沢村大字脇野沢に通ずる電気通信省所管の水底電線の内一三厘〇四三が引揚げられた事実を、同第一号証の二、三によれば同年四月二十日頃までに右磯野から函館市大森浜に通ずる同省所管の水底電線の内一四浬三八五が引揚げられた事実を、それぞれ一応認めることができる。又成立に争のない疏甲第三、四号証の各一、二、同第五号証によれば東北産業株式会社が前記期間中に陸奥湾内において引揚げた水底電線の内青森駅西口ホームに陸揚げした約五三・五屯の水底電線が電気通信省の職員によつて同省所管の磯野・脇野沢間及び磯野・大森浜間の水底電線であることが確認せられ押収の上青森地方検察庁から同省に返還付せられた事実を一応認めることができる。以上疏明せられた各事実を綜合して考察すれば債務者は諸泉正士と共同して前記会社の本件旧軍用水底電線引揚事業を執行するについて債権者主張の如く電気通信省所管の国有水底電線を引揚げたものと一応認めるのが相当である。かくてつぎに右水底電線の引揚が債務者の故意又は過失に因るものであるか否かにつき考察する。成立に争のない疏甲第十四、十五号証によれば、脊森市磯野と函館市栄町(大森浜)の間には従前三条の国有水底電線が布設せられていたところ昭和二十五年六月十二日一条を旧のまま存置し他の二条は一部を撤去し残部を移して青森県東津軽郡平館村大字平館と北海道上磯郡茂別村字茂辺地の間に二条を、青森市磯野と青森県下北郡脇野沢村大字脇野沢の間に一条を市設し同日この旨電気通信告示第百五十号を以て公示した事実を一応認めることができる。

証人滝沢正治の証言、成立並びに原本の存在に争のない疏乙第六号証によれば、諸泉正士は昭和二十六年一月十六日青森電報局において同局施設長福地清一郎から諸泉の所持する陸奥湾の海図について電気通信省所管の磯野、脇野沢間及び磯野、大森浜間の水底電線の布設箇所の指示説明を受けた事実を一応認めることができる。又債務者が昭和二十六年二月二十七、八日頃青森財務部において新谷技官から磯野、脇野沢間に使用されている水底電線の見本を交付されたことは当事者間に争がない。又本件旧軍用水底電線の引揚事業が債務者と諸泉正士によつて共同して執行されたことはさきに説明したとおりである。以上の各事実関係のもとにおいて債務者及び諸泉正士が前記会社の旧軍用水底電線の引揚事業を執行し、これにつき前記の如く電気通信省所管の水底電線を引揚げたものである以上反対の疏明なき限り右の引揚は債務者及び諸泉の過失に因るものと推定するのが相当である。而して債務者及び諸泉に過失がなかつたこと、詳言すれば引揚げられた水底電線が電気通信省所管のものであることを知らなかつたことについて尽すべき注意義務を尽したに拘らずその認識を欠いたものであること、又は尽すべき注意義務を尽したとしてもなおその認識を得られない場合であつたことを一応認めしむべき疏明はない。疏乙各号証を以てしては右の事実を疏明するものとはなし難い。又債務者が自己に過失なきことについて主張している各事実の内青森電報局係官の説明の内容及び債務者が受領した水底電線の見本に関する主張事実についてはこれを認むべき疏明なく、又引揚に際し電気通信省係官の立会がなかつたことについては同係官に積極的に立会うべき職務上の義務があるものとは言えないし立合わなかつたことが直ちに債務者の無過失となるべきものでもない結局右推定を覆すべき疏明なきものといわなければならない。而してその趣旨と方式により真正に成立したことを認め得る疏甲第二十号証によれば本件の引揚によつて国の蒙つた損害は金九百二十六万九千五百四十一円であることを一応認めることができる。しからば債務者は国に対し国が本件の引揚によつて蒙つた前記損害を賠償する義務あるものである。債務者は本件引揚事業は国の事業であり東北産業株式会社はこれを代行したもので国の代理人に過ぎないから右事業の執行に際して電気通信省所管の水底電線を引揚げたとしてもその責任は本人たる国に在つて代理人たる前記会社及びその取締役には責任はない旨主張するけれども本件旧軍用水底電線の引揚事業が国の事業で国はこれを前記会社に委託したものであることについての疏明なきのみならず右事業が国の事業で前記会社は国の事業を代行したものであるとしてみても不法行為の代理ということはないのであるから事業を代行したものがその執行に当つて不法に他人の権利を侵害すればそれに因る損害賠償の責任は侵害行為者に在ること一点の疑う余地もない。被告の右主張は独自の見解に属し採用し難い。而して昭和二十七年八月一日日本電信電話公社法が施行せられたことは公知の事実であるところ同法によつて債権社日本電信電話公社が設立せられ従来国が電気通信設備に関して有していた権利義務は同法施行のときに同公社においてこれを承継したものであるから本件不法行為に基ずく国の損害賠償請求権は債権者これを承継したものである。而してその方式と趣旨により真正に成立したことを認め得る疏甲第二十二号証によれば債務者は本件損害賠償請求権につき強制執行を免れるためその所有財産を他に処分する虞あることを一応認めることができる。然らば債権者(当時国)の債務者に対する本件損害賠償請求権の内六百万円を保全するため債務者所有の別紙目録記載の土地建物に対してなされた本件仮差押命令の申請はその理由あるものと認められ債権者に金八十万円の担保を供させて右申請を認容した本件仮差押命令は相当でありこれを認可すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島誠二 中田早苗 田倉整)

目録〈省略〉

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